本阿彌切(ほんあみぎれ)
もと、本阿彌光悦の所蔵していたことから所蔵者の名をとってつけられたといわれています。筆者は小野道風と伝称されてきましたが、料紙や書風などからもっと後の時代の書であると考えられています。
内容は、平安時代に数多く書写された「古今集」で、「切」とあるとおり全部が残っているものでなく、一部なんです。
古今集書写本中の異本として珍重されているもので、書写本とはいえ、本来巻子の形式をとり、しかも、珍しい特徴は、一巻一巻の使用されている紙の色が、白とか藍とかの一色でとおされている上に、型文様も一巻一つの文様でとおしている点なんです。改めて見直してみると、他のものと違っていることに驚きを感じます。初めは、他の写本と同じように二十巻を書写したと思われますが、今は、御物の一巻と益田家に所蔵されていた二巻、それに断簡として諸家に伝わる手鑑中に残されているという、実に惜しい状態下にあるのですね。
飯島春敬先生の調査によると、巻十、巻十一、巻十二、巻十四、巻十六、巻十七、巻十八がみられるだけで、特に、巻一から巻九までは断簡の一葉すら目にしたことがないといわれます。
前述の「御物」一巻は、古今集の巻十六で、これは巻十六の内の三首を欠いているだけで殆ど完全に近い形で残っていると。ただ、その後部に、なぜか巻十七の歌六首の断簡が添附されているといいます。益田家の二巻、巻十と巻十一は、戦後分割されてしまったともいわれ、現在、巻十四が原形のままで某家に所蔵され、貴重な国の宝物であるとも。本当に、このような古筆は、国を挙げて守りつづけたいと思いますね。
「本阿彌切」の、料紙は、中国紙の具引き(胡粉引き)の紙に、唐草・雲鶴・桃竹などの型文様を刷った「から紙」。
具の色は、白・茶・藍などで、料紙の寸法は、タテが十六・七センチ、一枚の紙の長さは、約二十六・五センチで、巻子としては小さい方だといわれます。
一寸横道にそれますが、このヨコの長さをタテにして、三枚並べて続けた大きさのものが、普通「から紙」の一枚分に当たるといわれています。
書風は、ご覧のとおり字形は円く、字と字との間隔が狭いのが特徴です。字粒も見てのとおり一センチ四方から五ミリ四方大の小さなもので、平安時代にみる古筆の中で一番小さく、愛らしい文字といえるものです。
しかし、その書の味わいは、字粒は小さくともその筆力の強さ、打楽器的な運筆のリズムは、みる人の目に何ともいいようのない逞しい骨力と迫力の一種異なった平安時代の特性をみせつけていて、何ともいえない優美さを感じさせてくれます。
関戸本古今集や寸松庵色紙等の筆使いと相通ずるものがあるとは多くの古筆家の先生方の言ですが、如何でしょうか。
一度並べてみて比較してみるのも学習する上で大切かも知れませんね。
書き方にしても、一種独特の他の古筆とは違った書き方の一面をみせてくれたり、(平安時代の古筆は、二行書き、三行書き、四行書きといった冊子や巻子への歌の書き方が多くみられるのに、一行書きが大変多い点です)曲線の多い、しかも強い線での表現、アクセントの強い筆致は、この本阿彌切の最大特徴といえるでしょう。
自由奔放に思いのままに筆者の意や技量が出し切られた、当時としては、正に目をみはるものではなかったでしょうか。
一度は、必ずこの古筆の教えをいただく機会をつくってほしいものと思います。